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『キャプテン翼』で、日向小次郎が沖縄へ電車で向かった。電車で行けるの?

マンガには、さらっと読んでしまうけど、よく考えたらかなり変!というシーンが出てくることがある。エピソードが突拍子もないほど、それを不自然と思わせずに読ませるマンガのチカラを深々と思い知る。

そんな例の一つが、ここで紹介する不思議なお話である。描かれたのは、世界中で読まれているサッカーマンガ『キャプテン翼』。主人公のライバル・日向小次郎が、自分を鍛え直すために、電車で沖縄へ向かったのだ。

気づきました? 電車ですよ、東京から沖縄へ、電車で行ったんです!

小次郎をこの旅に駆り立てたのは、小学生のときの恩師・吉良監督の言葉だった。中3のとき、彼の東邦学園は全国大会東京予選の決勝戦で、三杉くんの武蔵中学と対戦した。三杉くんは類まれなセンスを持ちながら、心臓病のために30分しか出場できないガラスのエースだ。

試合終了間際、武蔵は2-3と東邦に迫る。そのとき、三杉くんの出場時間は30分を超えていた。小次郎との激しいつばぜりあいのなか、三杉くんはガクッと倒れる。小次郎が驚いて動きを止めると、三杉くんは倒れながらもヘッドでボールを奪う。勝利への執念! だがこのプレーも得点に結びつかず、東邦は全国大会出場を決めた。

試合終了後、観戦していた吉良監督は、小次郎を叱責する。「今のおまえは、牙のぬけおちた おりの中の虎よ!」「昔のおまえなら あの時 三杉の心臓をけやぶってでも ゴールをめざしたはずだ!!」。ひえ~、少年サッカーの指導者が何を言うの!?

だが、小次郎の胸にはこの言葉が深く刺さった。全国大会の直前、彼は東京にある東邦学園の合宿所を抜け出して、吉良監督が指導している沖縄へ向かったのだ。そう、なぜか電車で!

乗ったのは鈍行列車!?

普通、東京から沖縄へ行くには、飛行機を使いますね。羽田空港から那覇空港まで、2時間40分くらい。1600㎞も離れているけど、乗ってしまえばアッという間。飛行機は速いなあ。

ところが、小次郎が選んだ交通機関は電車。最初にマンガで「電車に乗っているシーン」を読んだとき、筆者は驚いて、何度か読み返した。一度は「羽田空港に行くために、山手線かモノレールに乗っているのでは?」と思ったけれど、そうではなかった。

小次郎が乗っていたのは、明らかに中長距離列車。それではどう頑張っても、沖縄にはたどり着けない! 陸路で行けるのは鹿児島までで、その先には広大な海が広がっているからだ。鹿児島と沖縄は隣県だが、その距離は意外に遠く、鹿児島市と那覇市では660㎞も離れている。これは鹿児島-名古屋ほどの距離だ。

物語では、小次郎の旅の詳細は描かれていなかったが、彼はいったいどうするつもりだったのだろうか?

鹿児島から飛行機に乗るくらいなら、羽田から乗ったほうが早いし、安い。ということは、鹿児島まで電車で行って、そこから船で沖縄へ? それはすごく時間がかかる!

所要時間は、乗った電車の種類にもよる。マンガではハッキリわからないので、アニメで同じシーンを見てみると、うおっ、車体がオレンジと緑の3両編成。これは明らかに各駅停車か、よくて快速だ! いったいどれだけの時間を要するだろう?

オソロシイ旅の行程!

劇中、車窓からは夕空が見えていた。そこで、2017年4月の時刻表で夕方に出発する列車を調べてみると、小次郎の鹿児島までの旅は、次のようになる。

午後5時07分東京駅から、熱海行きの東海道線で出発

午後6時53分熱海に到着し、午後7時11分発の島田行きに乗り換え

午後8時37分静岡に到着し、午後8時46分発の豊橋行きに乗り換え

午後10時36分豊橋に到着し、午後10時56分発の大垣行きに乗り換え

午前0時30分大垣に到着し、ここで夜を明かす。大変な強行軍だが、少しでも沖縄に近づきたい。

2日目、午前5時23分大垣から、米原行きの東海道線で出発

午前5時58分米原に到着し、午前6時14分発の姫路行きに乗り換え

午前8時51分姫路に到着し、午前9時11分発の播州赤穗行きに乗り換え

午前9時30分相生に到着し、午前10時30分発の岡山行きに乗り換え

午前11時38分岡山に到着し、午前11時47分発の福山行きに乗り換え

午後0時45分福山に到着し、午後0時51分発の糸崎行きに乗り換え

午後1時19分糸崎に到着し、午後1時23分岩国行きに乗り換え

午後3時36分岩国に到着し、午後3時38分発の下関行きに乗り換え

午後6時40分下関に到着し、午後6時58分発の小倉行きに乗り換え

午後7時11分熱海に到着し、午後7時14分発の鳥栖行きに乗り換え

午後9時44分田代に到着し、午後10時02分発の荒尾行きに乗り換え

午後11時03分大牟田に到着し、午後11時08分発の八代行きに乗り換え

午前0時50分に八代に到着。ここで夜を明かす。疲労は極限に達しているが、鹿児島は目の前だ!

3日目、午前5時47分八代から、隈之城行きの肥薩おれんじ鉄道で出発

午前8時20分川内に到着し、午前8時56分鹿児島中央行きに乗り換え

午前9時51分に鹿児島中央に到着。さあ急いで、港を目指せ!

鹿児島中央駅からバスに乗って、鹿児島新港へ。沖縄行きの船は、夕方6時に出ている。港には午前11時には着くから、まだ7時間もある。だったら、もっと楽な乗り換えプランでもよかったかな~。

しかも、船が出るのは、1日おき! 運が悪ければ、港でもう1日、ムダに過ごさなければならない。

午後6時に鹿児島新港を出発した船は、奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島、沖縄本島中部の本部港に30分ずつ停泊し、那覇港に着くのは、翌日の午後7時! 船中一泊の、実に25時間の船旅である。

結局、小次郎が電車と船で沖縄に行ったとすれば、片道4日、日取りが悪ければ5日かかったはず。出発したのは全国大会の1週間前だったが、間に合うの!?

台風の日に海で練習!?

沖縄では、厳しい特訓が待っていた。砂浜で、波打ち際から沖に向かってヘボールを蹴りまくる小次郎。直後、身長を超える大波に打たれ、ぶっ倒れる。

それも当然だ。波の速度を、人間が走って逃げられる秒速5mほどだったとしても、全身が水をかぶるような大波だと、水の力は1.3tにもなる。

しかも、沖縄には台風が来ていた。それでも負けずに立ち向かう小次郎に、叱咤激励する吉良監督……って、おいっ、そこの少年サッカー指導者! 台風の日に、生徒を海に近づけるんじゃない!

数日後、小次郎が「大空翼に負けるのは、たくさんだ!」と叫んで蹴ったボールは、嵐のなかを舞う鷹に命中した。鷹がまことに気の毒だが、その鷹こそは、翼くんの象徴なのだろう。そして、波が引いた後、小次郎は立っていた。これはすごい。科学的に考えれば、1.3tの足腰の力が身に着いたものと思われる!

そのまま倒れ、嵐が去った朝日のなかで目覚めた小次郎に、吉良監督は飛行機のチケットを渡す。やった、帰りは飛行機だ! 吉良監督も小次郎のことを考えていたのだな。というか、帰りにも4日とか5日かけていたら、試合に間に合いません。

いずれにしても、小次郎はこれらの特訓を経て「タイガーショット」を生み出し、一層の活躍をすることになるのだから、列車での沖縄旅は決してムダではなかったのである。