研究資料 空想科学研究所
推薦図書
主任研究室の本棚に並ぶ数々の科学の書。
その中から読者の皆さんにぜひ読んでいただきたい本を、紹介していきます。
『ゾウの時間ネズミの時間』
(本川達雄著/中公新書・中央公論新社)
小さい時分に「時間とは何か?」という大疑問に取り付かれてしまった僕だからか、時間を巡る話は興味が尽きない。この本は、そんな中でも一押しのおススメである。
著者は現在、東京工業大学の教授で専攻は動物生理学ということだ。聞くところによると、本川教授はかねてから動物のサイズと行動範囲や寿命などについて研究してきたという。
その結果導き出されたのが、「生物のサイズによって、その生物に流れる時間はまちまちである」という推論だ。つまり、さまざまな生物にはそれぞれ固有の時間があるという説である。この本に紹介されているデータなどを通じて、「それは言えるぞ!」と思わず膝を打つことしばしば。
そもそもアインシュタイン以前、科学界・知識人を支配していたニュートンに代表される古典力学では、時間や空間を不変的なものと考えていた。これを「絶対時間」「絶対空間」と呼ぶ。
ニュートンは、宇宙が一定の時間を刻んでいると捉えていたのである。だから、古典力学では、現在の宇宙の姿が何億年後にどうなるかをきっちり予測できるとされたのである。つまり一元論的な決定論である。
これをアインシュタインの相対性理論が否定した。相対性理論によれば、宇宙の空間や時間は一様ではない。
さらに量子力学の発展は、「物の存在とその動きは確率的にしか推論できない」という画期的な考えをもたらした。「確率的」とは、噛み砕いて言えばこうなる。僕の目の前にいるコップは、確率的に一番存在しやすいからたまたまそこに存在しているように見える。言い換えると、コップは不確実性のあやふやな存在なのだ。目の前に存在しているように見えるコップは、もしかしたら地球の裏側に存在しているのかもしれない。
ここに至って、古典的な一元論は完全に過去のものになった。
僕には、このような現代科学の成果がこの本川氏の『ゾウの時間ネズミの時間』とに相通じるものを感じる。
ゾウが生きている時間と、ネズミのような小動物に流れる時間はまったく異なるという説が、僕にはすんなり受け入れられる。このことは、僕たち人間とその他の生物との間でも言えるわけだし、また人間同士でもそれぞれの時間は異なるということを認めるということを示唆している。
この世に生を受けたものは、それぞれの差異を認めることで尊重し合える。――僕は、この本を読み終えて勝手にそんなメッセージを思い描いた。
科学はその成り立ちからして、民主主義そのものだということをもう一度確かめ合いたいものである。
(『なぜ僕は理科を好きになったのだろう?』巻末付録:〈子どもを理科好きにするためのおススメ本●僕はこんな本を読んできた〉より)