研究資料 空想科学研究所

推薦図書

主任研究室の本棚に並ぶ数々の科学の書。
その中から読者の皆さんにぜひ読んでいただきたい本を、紹介していきます。

ふしぎなたね 美しい数学『ふしぎなたね 美しい数学』
(安野光雅著/童話屋)

 こちらは植物の種とは関係ない。副題にあるとおり、話の種は「美しい数学」、すなわち数学の本である。数学といっても、小難しそうな式が表にどんと出てくる仕掛けではない。
 数学も天才的な絵本作家の手にかかると、絵を眺めているだけでもうっとりとしてくる。そんな絵本なのである。
  とはいえ、そこで取り上げているテーマは、吸うガに初めて接するような読者のレベルに合わせて質を落としているのではない。絵につられながらじっくり読めば、これまで使ったことのない頭のある部分がマッサージされるような感覚を得られる。そういう種類の本なのである。
 最初こんな話から始まる。
 ある男が不思議な種を手に入れる。この種には2つの性質がある。まず1つ目。食べることのできる種で、1個食べれば1年は生きていける。その種以外の食物は必要としないほど、種には十分な栄養が含まれている。2つ目の性質は、1個の種をまけば1年後には2つの種が採れるというもの。以上2つの性質をこの種は備えている。
 さて、1個の種を手に入れた男は、最初、食べるのをがまんしてその種をまいた。1年後には2個になったから、こんどは1個を食べて、残りの1個をまいた。翌年、再び2個になったので、また1個を食べもう1個をまいた。その次の年も同じようにした……。
 これを永遠に繰り返していったとしたら、いつまでたっても種は増えない。これはお分かりだろう。
そこである年、男は考えた。「ことしは食べるのをがまんしよう。何か別の食べ物を見つけてくればいい」、と。
 こうすれば、2個を同時にまくことができて、1年後には4個になる。4個のうち1個を食べて、残りの3個をまくと、翌年には6個に増える。6個できればまた1個を食べると、5個をまくことができて、こんどは10個に増える……。そのような方法をとっていけば、何年か後、種の数の増え方は爆発的となる。最初からすると、種の数は無限に増えたと見えておかしくはない。
 これは、数列で扱う「漸化式」そのものだ。
 数式(*1)をここに書くのはやめるが、漸化式とは「ねずみ算」の変形だと思っていただければいい。
 ねずみ算は、たとえば「1匹のネズミが2匹のネズミを産み、その子ネズミが大きくなって、それぞれ2匹のネズミを産む……」というふうに単純に倍々ゲームになっていく数列を言う。一方、漸化式はもう少し複雑な要素がからむ。いましがた述べた「食用の種」の話だと、「1個まけば2個に増える」という要素に加え、「そのうち1個を食べる」という別の要素がある。つまり、漸化式とは何らかの初期条件が与えられたとして、その後どうなるか、そのまた次がどうなるかを表わす数式を言うのである。初期の状態によってはやがて劇的な変化が起こることもある。
 漸化式のこうした性質は、また、現在盛かんとなっている「カオス理論」の基礎ともなっている。カオスとは大混乱という意味だが、科学におけるカオス理論は、初期条件のほんのわずかな違いにより、結果は想像もつかないほど大きな変化を起こす現象を説明するときに用いられている。煙の動きとか液体の流れ、生態系、宇宙などの変化にカオス理論は活躍する。
 最初の話に戻るが、不思議な種を手に入れた男は、一回だけ種を食べない年を設けただけで、とてつもない数の種を手にすることができた。その間に妻をめとり、生まれてきた子どもたちを養っていく。家族がどんなに増えても食糧に困ることはない。なにせ種の数は爆発的に増えているのだから。
やがて、その男は他人に種を売って大もうけすることができた。この本は、いわばお金もうけのノウハウも教えてくれる――これは半ば冗談、いや本気。
 『ふしぎなたね』は、数学的思考への重たい扉をたやすく押し開け、僕たちの背中をポンと押して、未知の世界へ旅立たせてくれる。 

*1 数式
 この場合は、以下の数式が成り立つ。
 a(n+1)=2{a(n)‐1}
 
  (『なぜ僕は理科を好きになったのだろう?』巻末付録:〈子どもを理科好きにするためのおススメ本●僕はこんな本を読んできた〉より)

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