研究資料 空想科学研究所
推薦図書
主任研究室の本棚に並ぶ数々の科学の書。
その中から読者の皆さんにぜひ読んでいただきたい本を、紹介していきます。
『栄光なき天才たち』(シリーズ全17巻)
(伊藤智義=作・森田信吾=画/集英社文庫/集英社)
ツィオルコフスキー(*1)という旧ソ連の科学者の名をご存知だろうか?
その名を、僕自身はこの『栄光なき天才たち』を読んで初めて知った。
ツィオルコフスキーはいまでは「ロケットの父」と賞賛されるほど、宇宙工学の偉大な先駆者であるが、生前、その業績はソ連当局からまったく無視された。
ツィオルコフスキーは、ロシア帝政末期にモスクワ郊外の小さな村で生まれ、独学で物理学や天文学を修めて、生まれ故郷の村で中学校教師の職を得た。そして、一教師としてずっとそこにとどまり一生を過ごした。
ひっそりとした暮らしぶりであったようだが、自宅にロケット推進装置の原型を設置して、噴射実験を繰り返していたという。とはいえ、学界などから注目されることもなかったことを思えば、とても孤独な作業であったろう。しかし、1898年、ついに1つの論文を発表することができた。「ロケットによる宇宙空間の探求」と題された論文がそれである。
論文の中でツィオルコフスキーは、「ロケットの運動速度は、ガス噴出速度に比例する」ことを導いた。同時に、「ロケットがどんなスピードで飛べるかは、ロケット本体の重さに対してどれだけ燃料を積んでいるかによって決まる」という法則を発見したのである。
スピードが変われば、到達できる距離も変わる。たとえば、ロケット本体の大きさやエンジンの性能によって変わり、仮にロケットの中に液体水素燃料が80%入っていても、地球の引力圏を離脱することはできないが、83%積んでいれば、地球周回軌道上まで到達できるといった具合だ。この法則は現在のロケット技術にそのまま生かされており、その理論式は「ツィオルコフスキーの式」と呼ばれている。
ツィオルコフスキーの業績がソ連国内で認められたのは、死後10年以上たってからで、その当時、ソ連は第2次世界大戦末期から始まったアメリカとの冷戦で、核兵器の開発に躍起となっていたのである。ソ連はその時になって、やっと先駆者を「発見」したのだ。
ソ連がツィオルコフスキーの偉大さに気付くよりはるかに早く、その業績を正当に評価した人物がいた。それはソ連人ではなく、ドイツ人だった。ヒトラーの下で「XUロケット」(大陸間弾道ミサイル)を開発していたフォン・ブラウン(*2)その人である。ドイツの占領地から発射されたVUは、実際にロンドン市街を空襲した。その当時の超近代兵器である。
フォン・ブラウンは戦後アメリカに渡り(連行されたとも言える)、1960年代のアポロ計画に至るアメリカの宇宙開発を推進した。
このフォン・ブラウンもまた、本シリーズの中で別に取り上げられている。ツィオルコフスキーの巻などと併せて読めば、すなわちロケット開発史にもなっている。好都合この上ない。
いずれにしても、天才的な発見をしたツィオルコフスキー自身は、世に認められないまま、孤独な生涯を終え、しばらくの間まったく忘れ去られていたというわけである。
ツィオルコフスキーのようなまさしく「栄光なき天才たち」を幾人も紹介し、彼らの「栄光」をいまに蘇らせ、感動を与えてくれるのが『栄光なき天才たち』のシリーズである。
これはその昔、「ヤングジャンプ」で連載されていた漫画である。
僕は、漫画が大好きだが、連載中に読んでいくという習慣はなく、単行本化されてからまとめて読むことにしている。そのほうが集中できるからだ。
『栄光なき天才たち』は、僕が塾を経営していた頃、浪人していた生徒の1人が受験に合格した後、僕に置き土産として塾に残していったものである。読み始めたらたちまち没頭し、シリーズ全17巻を一気に読み終えた。それほど、僕はこの漫画に心を打たれたということだ。
『栄光なき天才たち』に取り上げられているのは、科学者ばかりではない。スポーツや芸術などの分野からも多くの題材が取られている。
50人ほどの登場人物たち、すなわち「栄光なきヒーローたち」がなぜ僕たちの心を打つのか? 最も大きな理由は、この漫画が実に面白いからで、漫画は面白なくてはならないと僕は常々思っている。これに加え、「自分がこうしたいと望んだら、それに徹底的に食らいついていって、望みをかなえる」という、とてもシンプルなストーリーにすべてが貫かれているからである。
もう1つ、この漫画が感動を与える理由として、普段、偉人伝には余り触れられないような影の部分もきっちりと描かれている点を挙げたい。一例が、野口英世だが、「お金にがめつかった」性格がちゃんと投影されている。きわめて人間臭い。それだからこそ、リアリティが色濃くなるわけだし、陰陽の振幅が大きい分、感動も増すということである。
感動を味わいながら、人間観察もでき、なおかつ「生きた勉強」にもなるというお手本みたいな本である。
*1 ツィオルコフスキー
Konstantin Eduardovich Tsiolkovsky (1857‐1935)帝政末期のロシアに生まれた旧ソ連の物理学者。10歳の時、しょう紅熱にかかり聴覚を失う。16歳でモスクワに出て、図書館通いをしながら物理学を独学。19歳で故郷の村の中学校で教師を務めた。論文「ロケットによる宇宙空間の探求」は1903年にモスクワの科学雑誌に発表された。
*2 フォン・ブラウン
Werner von Braun(1812‐77)ドイツのロケット工学者で、ナチスドイツのロケット兵器開発を主導した。第2次世界大戦後、アメリカに移住、アメリカ軍のロケット開発に従事した。月への飛行を目指したアポロ計画のサターン型ロケットは、フォン・ブラウンの熱情なくして実現しなかったと言われる。
(『なぜ僕は理科を好きになったのだろう?』巻末付録:〈子どもを理科好きにするためのおススメ本●僕はこんな本を読んできた〉より)